最初の症状は、乾いた咳だった。
熱はほとんどない。
風邪だと思い、市販薬を飲みながら仕事を続けていた。
ところが2週間ほどすると、階段を上るだけで息が切れるようになった。
夜になると胸が重く、深呼吸すると咳が止まらない。
さすがにおかしいと思い、病院を受診した。
胸部X線を撮影した後、診察室へ戻ると医師の表情が変わっていた。
画面には左右の肺へ無数の細かな白い影が広がっていた。
「何なんですか、これ」
私が聞くと、医師は、
「画像だけで原因を決めることはできません。追加検査が必要です」
と答えた。
そして感染症やほかの肺疾患の可能性を確認しながら、生活環境について細かく質問し始めた。
鳥は飼っていない。
仕事で粉じんを吸うこともない。
家をリフォームしたこともない。
そこで、
「加湿器は使いますか?」
と聞かれた。
私は毎晩使っていた。
寝室の枕元へ置き、冬から半年以上ほぼ休まず動かしていた。
掃除は面倒で、水がなくなれば継ぎ足すだけ。
フィルターも購入してから一度も交換していなかった。
医師から、汚染された加湿器などから発生する微生物や物質を繰り返し吸い込むことで、過敏性肺炎という肺の炎症が起こる場合があると説明された。
過敏性肺炎は細菌、真菌、動物由来タンパクなどの吸入物質に対する免疫反応で起こり、画像では細かな結節状の影などを認めることがある。
さらに、汚染された加湿器の水を吸入することに関連した「加湿器肺」と呼ばれるタイプも報告されている。
「ただし、あなたがそれだと今ここで断定するわけではありません」
医師はそう付け加えた。
私はその日のうちに家族へ連絡し、加湿器の電源を抜いてもらった。
タンクを開けた写真が送られてきた。
底には薄い膜のような汚れが付き、細かな黒い点まであった。
毎晩、顔のすぐ近くで使っていた物だった。
私は急に怖くなった。
「乾燥対策だから体にいい」
そう思い込み、衛生状態を一度も疑っていなかったからだ。
その後は医師の指示で追加検査を受け、加湿器の使用を中止した。
症状と画像の変化を確認しながら原因を絞り込むことになった。
過敏性肺炎は原因となる曝露を見つけて避けることが重要で、カビや細菌などを含む環境への反復曝露が関係することがある。
私は退院後、古い加湿器をそのまま使うことはやめた。
毎日やっていることだから安全とは限らない。
水を入れる。
スイッチを押す。
眠る。
それだけの習慣でも、手入れを怠れば環境は変わる。
あの日、医師が肺の白い影を見て聞いたのは、
「何を食べましたか」
でも、
「誰からうつされましたか」
でもなかった。
「毎晩、何を吸い込んでいますか」
だった。