
今日は皆さんにぜひご紹介したい映像があります!昭和45年から60年という時代、日本が本当に豊かだったと語られるこの15年間。生活は決して楽ではなかったのに、なぜ多くの人が懐かしさを抱くのか、それが深い考察を促します。
「当時の暮らしは不便が多かったが、選択肢があまりなかったからこそ、心が軽く感じられたのでは」と思います。コメントで「母子家庭でも、周囲の大人たちに支えられた」という声には、多くの人の絆があったと感じませんか?また、「同じテレビ番組を家族で楽しんでいた」との意見も、当時の共有感を思い起こさせます。
この映像を通じて、あの時代の独特な感覚を感じてみませんか?ぜひ最後までご覧ください。
私は昭和38年生まれです。昭和45年から60年は小学から成人でしたね。両親は共働きで学校から帰ると、テーブルには、いつも500円か1000円札がありました。買物かごを持って2kmくらい先の市場に毎日行きました。当時はレトルトやレンジは無くて、おかずは全て小1から手作りでした。市場の中は八百屋、魚屋、果物屋、乾物屋でした。例えば、魚買うときは、四つ切、三枚開きみたいに指定して一匹買い。肉なら何グラム。味噌も大きな樽に入っていて量り売りでしたね。いつも、お店の方々から「偉いね!サービスするよ!」って可愛がってもらいました。雨や風の強い日や、嫌な日も有りましたが、あの経験が今生きて居ると思います。そして、14歳の時に両親離婚。中学は卒業しましたが、15歳から住み込みで働きました。1人で生きる事を決心しました。それでも、周りの大人の応援で乗り切れました。それが昭和かな。
当時はスマホも無くテレビも一家に1台だったけど、そのテレビを家族で囲んで笑いながら観るのが楽しかったな、特に土曜の夜は日本昔話し→あばれはっちゃく→ドリフの流れで見るのが鉄板だった。
昭和45年生まれです。日本の繁栄から生まれた幸福を一身に受けました。母子家庭でしたが、母や祖母、関わってくれた大人の人達全てに感謝します。あの頃の幸せを覚えているから生きて来れています。生涯変わらぬ感謝を表明します。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=hrHfolIJvCg,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]