
「え、水って一年も保存できたの?」
そう思った方も多いかもしれません。けれどこれは作り話ではなく、江戸の町で実際に行われていた生活の知恵です。しかも、それを日常として支えていたのは、名もなき“女性たち”でした。
――時代は江戸。
場所は、現在の深川。冬の夜明け前、吐く息が白くなるほど冷え込む朝。長屋の井戸の前には、桶を抱えた女たちが静かに並んでいました。
「今日は“大寒”。一番水の日だよ」
一年に一度、暦の上で最も寒い日に汲む水は「大寒の水」と呼ばれ、夏を越えても腐りにくいと信じられていました。これは迷信ではありません。
気温が氷点下近くまで下がると、雑菌の活動は極端に鈍り、水中の不純物は沈殿し、透明度が一気に上がる。現代の科学で言えば、自然による低温浄化です。
当時、江戸の飲み水を支えていたのが神田上水や玉川上水。
とはいえ、清らかな水が常に行き渡ったのは武家屋敷や裕福な商家が中心。長屋に暮らす庶民は、水売りから水を買うか、井戸水に頼るしかありませんでした。
夏になると水はすぐに腐る。
そして、疫病は真っ先に子どもや高齢者を襲う。
だから母親たちは、真冬の冷え切った朝に井戸へ向かいました。手がかじかみ、桶の縁に氷が張っても、水を汲むのをやめなかった。
汲み上げた水は、口を和紙や布で覆い、暗く涼しい場所に大切に保管されます。それは単なる飲み水ではなく、**夏を生き抜くための“備え”**でした。
「この水があれば、あの子を守れるかもしれない」
火事の多い江戸では、飲み水の確保は防災でもありました。実際、記録には「夏場に水が尽き、家族を守れなかった」悲痛な話も残っています。
水は、命そのものだったのです。
やがて時代が進み、明治に入ると、西洋医学が導入されます。細菌学の父と呼ばれる北里三郎らが水質を研究し、「冬季に汲まれた水は雑菌が少ない」ことも確認されていきました。
つまり江戸の人々は、科学が言葉になる前に、体と経験で正解を掴んでいたのです。
――さて、現代の私たちの暮らしはどうでしょうか。
蛇口をひねれば、いつでも安全な水が出る。
ペットボトルの水も簡単に買える。
便利になった一方で、「水を守る」「水を無駄にしない」という感覚は、どこか遠くなっていないでしょうか。
35〜44歳の私たちは、子育て、仕事、家事に追われ、毎日が精一杯です。
でも江戸の女性たちも同じでした。違うのは、命を守る責任が、今よりずっと重く、はっきりと見えていたこと。
真冬の朝に飲む、冷たい一杯の水。
その中には、400年前の日本の暮らしと、名もなき母たちの覚悟が、今も静かに流れています。
今日、コップ一杯の水を飲むとき、ほんの少しだけ思い出してみてください。
「水を大切にする」ということは、
自分と家族の命を大切にすることだった――そんな時代が、確かにこの国にあったのです。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=4VH42SoeETA,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]